港南剣友会 創立五十周年記念誌 | |||
港南剣友会に連綿と受け継がれてきた心の柱。それが「港南剣友会稽古心得」と「港南剣友会の歌」です。港南剣友会で剣道と共に学ぶべき心、礼儀、人間性。先達の先生方が稽古心得と港南剣友会の歌に込めて受け継いできたものは、剣道を学ぶ子供達の心の成長を願う想いです。 普段の稽古で何気なく唱和している稽古心得。錬成大会など剣友会のイベントの際に小さな声で歌ってしまっている港南剣友会の歌。いくつもの変遷を経て現在の形となり、そこに込められた想いに改めて目を向けると、ありがたく、そして誇らしく思えてくることでしょう。 |
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■港南剣友会稽古心得 港南剣友会が創立され、稽古に参加する子供達が増えてきた当時、先生方の目の行き届かないところで子供達の礼儀をわきまえない行動や、剣道に正しく向き合わない様子が散見されるようになりました。 そのような折、昭和48年4月1日発行の「港南剣友会会報 第2号」の「巻頭言」に「○港南剣友会剣道訓」と「○道場の心がまえ」として合計12項目の心構えが記されました。 |
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また同様にして、昭和48年7月1日発行の「港南剣友会会報 第3号」の「巻頭言」に「まず実行一つ一つ」「水戸東武館の訓から」として、9項目の心構えが紹介されています。 |
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その後、昭和53年5月1日発行の「港南剣友会会報 第21号」に、より身近な指導方針として易しい言葉で15項目の「剣道練習の心得」が記載されました。当時、この心得をもとにして、先生方は子供達の指導にあたりました。 |
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更に、稽古時に全員で唱和できる心得が欲しいという要望が総会の席で出され、現在の稽古心得が作られました。これは、初代会長の杠先生を始めとする先生方が指導された内容をまとめたもので、仲間を敬う心、元気で礼儀正しくする心、そして剣道を真剣に楽しく学ぶ心を、短い文章に込めて表現しています。港南剣友会では、現在も毎回稽古のはじめにこの「港南剣友会稽古心得」を全員で唱和しています。港南剣友会で剣道を学ぶ者であれば、全員がこの稽古心得をいつの間にか憶え、暗唱できるのではないでしょうか。それほど、この稽古心得は港南剣友会に根付き、心の柱となっているものなのです。 |
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稽古の際に必ず正面に掲げる「港南剣友会稽古心得」 今は亡き 相田 玲二先生の書です。 |
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■港南剣友会の歌 自分達の歌を持つ剣友会が、日本全国にいったい幾つあるのでしょうか。港南剣友会に入会して一番驚くのは「歌があるの!?」というところかもしれません。それほど港南剣友会には歴史があり、隆盛した時代があり、先達の先生方の子供達への熱い想いがありました。港南剣友会の歌は、5月の「少年剣道まつり」と10月の「港南剣友会錬成大会」の開会式に歌われます。しかし近年、みんな恥ずかしいためか、大きな声で歌われることが少なく、伴奏の音楽ばかりが体育会に響く状況です。 改めてその歌詞を噛みしめてみて下さい。初代会長の杠(ゆずりは)文吉先生が作詞されたその歌詞は、ここ港南の地への想いや、文武両道を目指して正しい剣道を学んでほしいという子供達への愛が溢れています。そして渡辺亘先生が作曲されたメロディーは憶えやすく、元気と気合に満ち溢れています。これほど素晴らしい自分たちの歌を持つことを誇りに思い、これからは大きな声で歌い継いで行きましょう。 |
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「港南剣友会の歌」こちらをクリック! |
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昭和48年11月1日発行の「港南剣友会会報 第4号」に、「港南剣友会少年剣士の歌」「杠文吉作」が紹介されています。 会報には特に説明などが記されておらず、ただ詞として紹介されているものです。「作曲」が記されていないことから、まだ曲はできていなかったと思われますが、今の「港南剣友会の歌」の曲をそのまま当てはめて歌うことができます。この頃すでに曲のイメージは出来ていたのかもしれません。また、その詞は現在の「港南剣友会の歌」に通じる前身であることが強く感じ取れるものになっており、非常に興味深い「歌」です。 |
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昭和49年5月1日発行の「港南剣友会会報 第6号」で、現在の「港南剣友会の歌」が発表されました。「作詞 杠文吉」「補作 大沢祥司」「作曲 渡辺亘」と記載されています。 同会報には「港南剣友会の歌発表」や、「港南剣友会の歌 録音風景」の記事も掲載されており、当時のエピソードなどが楽しく紹介されています。 「港南剣友会の歌」には基があり、杠文吉先生の出身校である東京帝国大学の寮歌のリズムで格調高い歌詞でした。みんなが歌いやすいように神奈川県警音楽隊長の渡辺亘先生が作曲され、剣友会の渡辺喜一先生の指導の下に、県警音楽隊の演奏で録音されました。 |
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1964年 昭和49年のアルバムに、「港南剣友会のうた発表会」と題する写真がありました。 昭和49年5月5日 「少年剣道まつり」 での発表会です。 |
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